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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)10304号 判決

原告(選定者一七二名の選定当事者) 村田隆一 外二名

被告 日揮化学株式会社

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は別紙選定者目録記載の各選定者(以下選定者らという)に対し、別紙請求金額等一覧表(以下単に別表という)記載の各選定者に対応した請求金額欄記載の各金員及びこれに対する昭和四九年一二月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

(一)  当事者及び賃金

被告は、肩書地に本店を、大阪市に大阪営業所を、新潟県新津市に新津事業所を有し、資本金一億五〇〇〇万円、従業員二百数十名を擁し、ニッケル系、銅系触媒その他各種触媒製造を業とする株式会社であり、選定者らは被告の従業員であり、かつ合成化学産業労働組合連合日揮化学労働組合(以下単に組合という)の組合員である。

被告における賃金は、基準内賃金として基本給、加給、等級手当、勤続手当、住宅手当、住宅補助金、食事手当、特殊用務手当、作業手当、嘱託手当、基準外賃金として家族手当、時間外勤務手当、特別指定休暇日勤務手当、通勤交通費、別居手当からなつている。

(二)  ストライキの実施

組合は、結成以来はじめて昭和四八年一一月二九日一時金闘争でストライキ(全日)を行い、次いで昭和四九年二月八日にも等級制度に基づく試験実施に反対してストライキ(一時間)を行つた。選定者らは組合員としてこれに参加し、選定者らの右各ストライキ参加により勤務しなかつた時間はそれぞれ別表スト時間欄の各該当欄記載のとおりである。

(三)  欠勤等の賃金控除基準と被告が本件ストライキについてした賃金控除

1 被告の就業規則付属規程たる給与規定一四条一号、二号によれば、「従業員が欠勤した場合は一日につき基本給、加給、等級手当、嘱託手当及び特殊用務手当合計月額(以下これを基本金額という)の一〇〇分の一を控除する。遅刻、早退の場合は右基本金額の三〇〇分の一を控除する。」旨定められている。

なお、選定者ら中、選定者目録番号一〇三、一六九、一七〇、一七二名の選定者らは嘱託手当受給者で、その基本金額は等級手当と嘱託手当で構成され、その余の選定者ら一般従業員の基本金額は基本給、加給、等級手当で構成される。

2 ところが被告は、選定者らが右のとおりストライキに参加したことに基づき、次のとおり計算した金額を控除した賃金を支給した。

イ 全一日のストライキ(昭和四八年一一月二九日実施のもの)につき常昼勤務者(七時間の勤務時間の者、別表中右同日のスト時間が七時間の者)については、右基本金額の二五分の一

ロ 同ストライキにつき交替勤務者(営業日数三日のうち二日勤務し一日は代休となる者)で一勤務一〇・五時間の者(別表中右同日のスト時間が一〇・五時間の者)については、右基本金額の一七五(七×二五)分の一〇・五

ハ 一時間のストライキ(昭和四九年二月八日実施のもの)に参加した者(別表中右同日のスト時間が一時間の者)については、一七五(七×二五)分の一

3 右各ストライキに参加して勤務しなかつたことにつき、右1記載の規定における欠勤ないし遅刻、早退として取扱い控除した場合に選定者らに支払われるべき賃金と、右2記載の方法で控除した場合のそれとの差額(右二回のストライキ分の合計)は、各選定者らにつき別表賃金差額欄の各該当欄に記載の金額のとおりである。

(四)  本件ストライキによる一時金の控除

1 毎年夏季と冬季に支給される一時金(原告らは一時金と、被告は賞与と称するが、本件では統一的に一時金の語を用いる)については、明文の支給規定はなく、その都度被告と組合が協定して決定してきたところ、昭和四九年夏季一時金(対象期間は昭和四八年一〇月一日から昭和四九年三月三一日まで)につき、次の計算方式により支払うことが労使間で協定された。

イ 前記一般従業員につき

右基本金額×支給率(2.774)×考課反映率(1.00±0.03)×出勤日数(就労日数)/営業日数(要就労日数)+勤続手当×支給率(2.774)×考課反映率(1.00±0.03)

ロ 前記嘱託手当受給者につき

右基本金額×0.86×支給率×考課反映率×出勤日数(就労日数)/営業日数(要就労日数)

なお、右支給対象期間中の全営業日数は一四六日であり、時間になおすと一所定就労時間は七時間であるから一〇二二時間(七×一四六)となる。

2 ところで右計算方式中出勤率(営業日数を分母とし出勤日数を分子とする割合)については、協定に至る過程で、組合は、本件スト参加者に関しては営業日数(要就労日数)にはストライキが行なわれた日数(時間)を含ませないものとして計算すべきものと主張したが、被告は、ストライキが行なわれた日数(時間)を営業日数に含ませるとともに、出勤日数(就労日数)からはストライキ参加時間を控除して計算する(右のとおり一〇二二時間を分母とし、一〇二二時間からストライキ参加時間を控除したものを分子とする)ことに固執し、よつて組合はやむなく、右被告の主張する出勤率計算方式には異議をとどめ、後日第三者機関によつていずれが正当かが判定されたときは双方これに従うとの合意の下に、暫定的に被告の主張する方式で一時金を支払うことに合意し、これにより一時金の支給がなされたのである。

3 かくして被告の主張する方式により選定者らに支払われた一時金の額と、組合が主張した方式により選定者らに支払われるべき一時金との差額は、別表一時金差額欄の各該当欄記載の金額である。

4 また、被告は、交替勤務者で一勤務一〇・五時間の者が通常欠勤した場合には右一時金算式の出勤率につき一日欠勤したものとして一四六分の一の控除しかしないのに、ストライキ参加の場合は時間単位で計算し、一〇二二分の一〇・五の控除をした。

かくして選定者ら中昭和四八年一一月二九日のストライキに参加し一〇・五時間の勤務をしなかつた者に支払われた一時金と、これを通常欠勤と同様の方法により計算した場合に支払われるべき一時金との差額は、別表予備的一時金差額欄の各該当欄記載の金額となる。

(五)  賃金差額及び一時金差額の請求権の根拠

1 賃金差額について

本件ストライキによる選定者らの不就労についても、前記給与規定による欠勤等控除の定めが適用ないし準用されるべく、よつて選定者らはこれにより控除計算された賃金(そのうち未払いの前記賃金差額)の請求権を有する。即ち、

選定者らの賃金は右給与規定(八条)により月給制として、あらかじめ一ケ月分の賃金が支払われる旨定められているのであるから、問題はストライキ不就労によりその賃金からいくらを控除するかという観点から考えるべきであるところ、ストライキの場合についての控除根拠規定は何ら存しないのであるから、労務の不提供という外形事実において差異のない欠勤、遅刻、早退の場合の規定を適用ないし準用するのが最も合理的である。いわゆるノーワーク・ノーペイの原則は今日絶対的意味をもつものではなく、ストライキ不就労に対して賃金支払いをどう定めるかは元来労使間の団体交渉により決すべきであるが、それが存在しない以上、就業規則たる前記給与規定を適用ないし準用すべきものである。

被告は給与規定における欠勤等控除の定めは、ストライキという事態を全く予測しないで定められたものであるから、これをストライキの場合に適用ないし準用する余地はないという。しかし現行給与規定の出来た昭和四五年四月改訂のころには、少くとも新津事業所において早晩労働組合が結成されることを予想でき、従つてストライキもありえ、ストライキによる賃金控除をすべき事態も予測できたのであるし、その後昭和四六年四月、同年九月の改訂の際にもストライキ控除について特別の規定を設けていないのであるから、被告としてはストライキの場合に右控除規定を適用する意思がなかつたとはいえない。

2 一時金差額について

右(四)1、2に主張したところによれば、本件一時金の算定については右1の算式によることにつき労使間の協定が成立し、ただその算式中「営業日数(要就労日数)」の解釈について争いがあり、その解釈について裁判所等第三者機関の判断に従うことに合意をみたものというべきである。従つて、一時金の性質や団体交渉の経緯からみて、右にストライキの日数、時間を含ませると含ませないとのいずれがより合理的解釈であるかの問題である。しかるところ、本件一時金が支給日現在の在職者に限り支給され、人事考課により増減される部分が少く、支給対象期間中の残業時間は考慮の対象外とされ、また途中入社者や病気休職者にも定額を支給することとされていること及びわが国における一時金の一般的性格からみて、本件一時金は生活保障的性格の強いものであるから、そこからストライキを理由とする減額をすることは不合理である。また被告は本件一時金に関する団体交渉の当初においてはストライキ日数を営業日数に含ませないものと観念していたのである。

従つて前記一時金算式上、営業日数にはストライキ日数、時間を含まないものと解釈すべきであり、よつて選定者らは、その解釈に基づき計算した一時金(そのうち未払いの前記一時金差額)の請求権を有するというべきである。

仮りに一時金からストライキ不就労による控除ができるものとしても、少くとも通常の欠勤等の場合に比べてより不利益に控除するような解釈は不合理であるから、選定者ら中昭和四八年一一月二九日のストライキに参加し一〇・五時間の勤務をしなかつた者は、右(四)4に述べた通常欠勤と同様の方法により計算した一時金(そのうち未払いの右予備的一時金差額)の請求権を有するものといわなければならない。

3 不当労働行為としてのストライキ控除の無効

被告のとつた以上のような賃金及び一時金からのストライキ参加を理由とする控除は、本件ストライキに参加した選定者らに対する不利益取扱いであり、かつ将来組合の行うストライキに参加すれば賃金面でかかる不利益を蒙るべきことを従業員に知らしめてストライキに対する批判層を拡大させ、財政面からストライキに牽制を行う目的をもつてなされたものであるから、不当労働行為として無効であり、よつて選定者らは、かかる不当な控除のなされない賃金及び一時金、即ち右1、2に主張した賃金及び一時金の請求権を有する。

右不当労働行為意思を推認させる事由は以下のとおりである。

(1) 新友会の活動とこれに対する被告の労務政策

イ 被告の新津工場勤務従業員は昭和三〇年以前より、職制を含む常傭従業員をもつて組織する日揮化学新津工場新友会(以下単に新友会という)を結成しており、昭和四〇年暮までの同会の実態はいわゆる親睦団体であつたが、被告は同会会長を労働基準法三六条、九〇条所定の「労働者の過半数を代表する者」とみなし、三六協定をし、就業規則等改正についてはその意見を求めてきた。

ロ 被告本社従業員として、本社従業員で組織する親交会(その性格は右新友会と類似)の労働組合化のための規約改正、労働条件の改善要求等に取り組んできた訴外相馬一元(以下単に相馬という)が、昭和四〇年四月新津工場に転勤を命ぜられた。同人は同月二五日、昇給に関する説明会開催を要請した文書に他の従業員の連署をえてこれを新友会会長に提出すると同時にその趣旨を記載したビラを新津工場正門前で配布し、その結果新友会会長から申入れを受けた被告はその説明会を行つた。同人は更に同年六月一四日、本社の親交会が昭和三九年から労働条件改善を目的とする活動を始めていることを知らせる文書を配布したところ、当時の新津工場の労務担当の事務課長は同人に対し「今後ビラをまいてはならない。これは業務命令だ。違反したら相応の措置をとるかも知れない。会社は労働組合のないまま平穏にやつてきた。それなのに無用の混乱の種を持ち込むようでは困る。」と言い渡した。

ハ 昭和四〇年暮の新友会役員選挙で相馬が役員に当選し、互選により同会会長に就任した。同人は昭和四一年一年間の三六協定書に捺印を求められたが、一般会員の意向によるべきことを理由に、三ケ月に限定して協定書に捺印した。昭和四一年一月の新友会新年総会において新役員は、恒例に反して労働条件待遇の改善に取り組む旨の運動方針と予算案を提出したところ、当時の同工場事務課長、経理課長が、新友会を労働組合運動の足がかりとして利用させることを阻止するため、新友会は労働組合ではないから親睦団体として運営すべきだ、会費を減額すべきだ、等の発言をした。

ニ その後新友会は、右会費の件につき職場の検討会や全員投票を行い、同年春の定期昇給に関するアンケートをとり、その検討のための代議員会設置を呼びかけ、定年延長問題を取り上げ、代議員会を開催し、全員投票を行つたうえ、被告に対して文書で定期昇給と定年延長につき要望書を提出し、かくして同年三月被告は新友会役員会に対し右問題について説明をするに至つた。その後同年四月会社からの昇給に関する具体的説明を受けて新友会は種々の集会、代議員会を繰り返えし、議論する中で、従来親睦団体にとどまつた新友会が役員会指導の下で待遇改善問題に関与すべきことが既定の事実となつていた。

ホ そこで相馬会長は、同年五月新友会役員会に対し臨時雇の会員扱い、昇給問題の今後の取り組み方、代議員会の強化策等の提案を行うとともに、同年六月末で期限切れになる三六協定の更新について、この問題を、従業員の要求を被告に受け入れさせるための唯一の手段として利用し、残業に関する諸要求を提示し、これにつき納得しうる解決がえられない限り更新をしない、との趣旨の案を起案配布した。当時被告では月一〇〇時間を超える残業を必要としていたため、相馬の右提案は被告を刺激し、新友会役員五名中被告の意を受けた三名が辞任を申し出るなど紛糾し、結局相馬会長辞任、訴外江部勲の会長就任という事態に至つた。かくして江部会長の下で同年六月三六協定は、役員会賛否同数、会長決定、代議員の持ち回わり意見聴取という形で、同年七月以後の三六協定調印という結果になつた。

ヘ 江部会長下においても相馬は一役員として、労働条件改善について自覚しはじめた従業員の要望を受けて、変則勤務についての要望書を被告に提出し、代議員会制度をもり込んだ新会則を準備するなどの活動をした。

ト 昭和四二年四月の新友会臨時総会において、代議員会制度を明文化した新会則が決定されるとともに、会長として他社における組合役員歴を有する選定者(選定当事者)村田隆一、副会長として相馬が選出された。かくして新友会は夏期一時金と残業問題に取り組み被告と交渉した。残業問題について被告と合意に至つた点もあつたが、被告は新友会との協定書作成は拒否した。当時残業協定は一ケ月単位で締結するようになつていた。昭和四二年から四四年にかけて村田会長、相馬副会長の体制で新友会は同様の活動を継続した。

チ 一方被告は昭和四三年四月新津事業所に労務課を新設し、山家卓郎が事務次長に就任して労務を担当するようになつて、会社内諸規程の整備に取り組み、昭和四四年春には極めて強硬な姿勢で就業規則改訂を行つた。

同年暮の新友会役員の改選により相馬会長、岡田副会長体制になり村田は代議員会議長となつたが、このころから会の性格論、限界論が活発に討議されていたところ、右山家は相馬に対し「労働組合ができれば自分は停年後の身分は保証されない」などと発言した。当時停年となつた役職者は嘱託の形で数年間は被告に勤務できたのである。

リ 昭和四五年一月新友会総会において相馬会長の提案により労働組合設立準備委員会の設置が可決承認されたが、被告は同年四月突然相馬を東京本社へ転勤させた。そこで新友会会長には選定者前田が選出された。

ヌ 同年春の賃上げ要求に対し被告は一方的にこれを決定し、同年六月それに併う給与規定改訂案を提示して新友会の意見書提出を求めてきたところ、新友会では、右の問題と相馬前会長配転問題についての不満を背景にして、これまで同会が労働基準法所定の意見書作成にのみ利用されている状態からの脱皮を求める意見が台頭し、同会が意見書提出の適格性を有する団体であるかどうかが代議員会で討議され、被告からの圧力にもかかわらず、「同会は管理職を含む団体であるから、就業規則改訂に関する意見書を提出すべき労働者を代表する団体ではない」との結論に至り、これに基づいて前田会長は被告に対し、その旨の意見書を提出した。

ル 新友会の労働組合化を予知した被告は、同年八月新友会に対し露骨な攻撃を開始した。即ち、全従業員に対し、右の意見書の内容を批判する内容の宣伝文を配布し、また宴席を設けて組長以上の職制に対し被告への協力を要請するなどした。

かかる中で同月開催された新友会臨時総会には、被告は午後四時に操業を停止して工場長を除く全職制を出席させるという異例の措置をとつたが、総会においては結局右意見書は会の総意に基づくことが確認されるとともに、会則改訂により管理職の退会除名が決定され、被告の工作は奏効しなかつた。

かくして同年九月新友会は課長以上の者に退会金を支払つて退会除名し、あらためて労働者団体であることを宣言した。

オ 昭和四五年一二月前田会長が再任され、昭和四六年一月組合設立準備委員会が設置されたが、被告は同年四月前田会長を中央研究所に配転し、これにより同人は新友会会員資格を失つた(同研究所は新津事業所内にあるが、その従業員は独自に研友会という団体を組織している。)。これに伴い新友会会長には村田が選出され、同年一二月にも同会長が再選された。昭和四七年一月右準備委員会は組合研究会と改称された。

同年四月中央研究所に配転になつた右前田は研友会会長に選出され、研友会でも会則改訂により管理職を排除し、労働者団体として新友会と密接な関係を保つようになつた。

ワ 同年五月右両会は連名で夏季一時金要求書を提出し、また同年九月両会は統合するかあるいは解散して労働組合を設立するかにつきアンケート調査を行い、後者が圧倒的支持を受けたので、組合規約作成にはいつた。

同年一一月両会連名で冬季一時金要求書を提出し、また組合規約案を公表したうえでアンケート調査を実施した。そして昭和四八年一月両会の各総会において解散を決議し、引き続き組合設立大会を開催して規約を承認のうえ執行委員等役員を選出した。

かくして同月三一日両会は解散し、同年二月一日日揮化学労働組合が発足した。

(2) 組合結成後の被告の労務政策

組合は昭和四八年春闘において一ケ月に及ぶ残業拒否闘争を行つたところ、当時被告には一五名程の季節的臨時従業員(非組合員)がいたが、その中の赤塚某が組合の全員職場集会に、組合がストをするから自分たちは賃金をもらえないと怒鳴り込み、それから間もなくの同年五月には赤塚組と称する下請団体を組織し、臨時従業員の大部分を吸収して、被告の特定部門の請負いをはじめた。昭和四九年一、二月ころ右赤塚組は新友企業株式会社なる会社組織となるとともに、事務次長であつた前記山家は被告を退職して同会社の社長に就任し、同時に従来は請負金額を作業量により算出していたのを日額制に改め、工場内のあらゆる職場で被告の従業員と右下請会社の従業員とを共同作業させるようになつた。

右赤塚組及び新友企業株式会社の設立並びに作業内容の変更は、組合の争議がなされても下請により作業を継続しようとする被告の意図に基づくものである。

(3) 本件ストライキ控除に関する紛争の経緯

イ 昭和四八年冬季一時金につき組合は同年一〇月一九日団交で要求を提出し、以後数回の団交を経たが、同年一一月一五日の被告回答より進展しなかつたので、組合は同月二七日スト通告のうえ、同月二九日新津事業所において全面二四時間ストライキを行つた。組合設立後初のストライキであり、組合は毎月の賃金からの賃金カットは予知したが、その方法、カット額については深く検討せず、被告と事前協議もしなかつたところ、被告は同年一二月二五日支給の給料明細書中に「スト欠カット分」と明記して前記控除を行つた。

ロ 同年四月から新たに導入された等級制度について、組合は同年八月大会において撤回要求を決議し、被告が同年九月一四日から制度運用の手続を開始したのに対し、阻止行動を開始した。以後数回の団交を重ねたが進展しないため、同年一〇月労働委員会に斡旋申請したが、同年未に斡旋不調となつた。昭和四九年一月被告は組合の延期申入れにもかかわらず、右制度運用のための等級試験の強行実施を言明したため、組合は同年二月七日スト通告のうえ、試験実施日の同月八日に全面一時間の抗議ストライキを実施した。これに対しても被告は同月二五日支給の給料から、右同様にして賃金控除をした。

ハ 昭和四九年夏季一時金交渉において、被告は同年六月一〇日、一二日の回答において「配分に関しては従前通り」としつつ、「ストライキは欠勤と同様に扱い、一時金についてもスト欠カットを行う」旨回答し、組合はこれを不当として一時金からのスト欠カット問題を一時金の額の問題と併せて交渉事項とし、以後交渉を繰り返えした。その中での被告の論拠は「ストライキは通常の欠勤と同様であり、従つて一時金の算出法においても慣例となつている欠勤の取扱いと同様にする。」というにあつた。

その後この問題について労働委員会の斡旋と自主交渉とが併行してなされ、その中で被告は一時金算定基礎の一部である勤続手当についてはスト欠カットしないと回答した(しかしそれによる一時金額の上積みは一パーセントにも満たない。)が、また同時に、スト欠カット問題を解決しない限り一時金の上積み回答もしないと言明して、被告主張の算定法を押しつけようとした。

ところが、同月二九日の回答において被告はスト欠カットについてのこれまでの論拠を変更し、「ストライキは雇用契約の一時中断であり賃金請求権は発生しない」と主張するに至つた。即ち、ストライキは通常の欠勤と同じであるとの主張を覆えしたのである。

労働委員会の斡旋は不調に終り、同年七月九日再び自主交渉を再開し、被告は平均二六万六〇〇〇円、スト欠カットを行う、と回答し、組合は時期的な問題も考慮して、翌一〇日の団交で、金額については合意し、スト欠カットは争うとの意思表示をし、同月一五日スト欠問題は労使の主張を文書に留め、これを係争事項とすることで合意に達し、同月一九日付協定書を交わし、夏季一時金問題の交渉を終了したのである。

(4) 被告の意図

以上の経過に照らすと、被告は新友会の労働組合化を嫌悪し、それを阻止するため種々の対策に腐心し、また組合結成後は、下請会社の従業員を導入して、組合の行う争議の無力化を企図してきたものである。そして組合のストライキが行なわれるや、その理論付けには一貫性を欠くのにかかわらず、ストライキに対する賃金、一時金カットをするという方向でいかにも強硬な態度を固持してきたのである。

してみれば本件ストライキ控除は、頭書の不当労働行為意思に基づくものと推認せざるをえない。

二  被告の答弁及び主張

(一)  請求原因(一)ないし(四)の各事実は、(四)2のうち次の点を争うほか、その他は全て認める。

昭和四九年夏季一時金の協定妥結に至る過程において、出勤率の計算に関し組合と被告との間に請求原因(四)2の主張のとおりの争いがあつたが、結局協定においては、被告が支給を完了したとおりの、即ち被告の主張したとおりの方法により計算するとの合意が成立したのであり、成立した協定の解釈に争いがあつたわけではない。その協定書に付記事項として、ストライキ控除につき組合に不満があり、組合は第三者機関に対し必要な法的措置をとる意思がある旨を記載したが、第三者機関により正当とされた計算方式に従う旨の合意は存在しない。

(二)  賃金差額及び一時金差額の請求権(請求原因(五)の主張)について

1 賃金差額について

被告は、ストライキにより就労しなかつた時間に対応する賃金請求権は発生しないとの通説的見解(ノーワーク・ノーペイの原則)に従つて、その賃金を支払わなかつたのにすぎないのであり、一たん発生した賃金請求権をストライキを理由に控除したのではないから、これについて就業規則上その他特段の根拠を必要とするわけではない。

問題は就業規則の付属規定たる給与規程における欠勤、遅刻、早退についての賃金控除の取扱いがストライキの場合にも適用ないし準用されるかであるが、それを肯定するためには、その定めがストライキによる不就労の場合も含むものと予定して規定された場合でなければならない。しかるところ被告の就業規則における欠勤等による賃金控除の取扱いは、昭和二八年に欠勤一日につき本給、臨時手当の合計日額の三〇パーセント控除、遅刻、早退は三回をもつて欠勤一日とみなすと規定され、昭和三四年に欠勤一日につき基本給、臨時手当、職務手当の合計日額の三〇パーセント、遅刻、早退は一回につき右合計日額の一〇パーセント控除と改訂され、そして昭和四五年四月一日に前記現行規定に改訂されたのであつて、基礎たる手当の変更はあつたが、控除割合についてはその間一貫して変わりなかつたのである。一方組合が結成されたのは昭和四八年二月一日であるから、右規定は雇用契約上就労義務がありながら勤務を欠く通常の欠勤、遅刻、早退を予定して定められたもので、ストライキによる不就労の場合を予定して定められたものでないことは明らかである。

また、被告の労務指揮権の下にある通常の欠勤等と、組合員の権利の行使として就労義務を免かれ組合の統制下に入り被告の指揮権の外に移つて行なわれるストライキによる不就労とは全く異質のものであり、ストライキによる相互義務免脱の法理に照らしても、ストライキの場合に右規定が適用される余地は全くない。もしこれが適用されるとすれば、組合員は賃金の七五パーセント(生活補給的賃金についてはさらに一〇〇パーセント)の支給を受けてストライキをすることになるが、使用者がそのような考えで給与規定を定める筈もない。

ストライキの場合に右規定を適用しない結果、通常の欠勤の場合に比しより不利益に賃金を減額され、あるいは本件の全一日のストライキの場合一〇・五時間勤務者が七時間勤務者以上に減額されたことも、右のストライキの性格と相互義務免除の原則からして必然の結果であり、これをもつて組合活動の故の不利益取扱いと観念する余地もない。

よつて原告らの主張する本件賃金差額の請求権は発生しない。

2 一時金差額について

一時金の経済的性格がどうであれ、一時金の請求権は労使間の協定、合意により確定されてはじめて発生するものであり、そしてその金額をどのような基準、算式で算定するかについても、その内容が法令や公序良俗に反しない限り労使の自由な合意によつてのみ定まる。そしてストライキによる不就労をその算定にどのように反映させるかも右自由な合意に委ねられているのである。

しかるところ本件一時金に関する協定は、請求原因(四)1主張のとおりの内容に加えて、「スト参加時間分については時間単位にて計算する」ものとして、即ち、その交渉において被告が主張し、被告が現実に支給したとおりのものとして成立したのである。その際組合側は、その内容がスト欠カットになることを不満とし第三者機関に対し法的措置をとることを意思表示したが、それ以上に原告らが主張するような計算方法で一時金を支払う旨の合意は何ら存しないし、原告らが主張するように合意の解釈に争いがある場合でもない。

右のとおり本件一時金については労使間の合意に従つて被告はその支給をしたのであるから、その合意の内容が合理的であるか否かを論ずるまでもなく、それを超える請求権の発生を考える余地はない。

のみならず、一時金がどのような賃金としての性格を持つかは、抽象的一般的に定めうるものではなく当該一時金につき具体的に考えるべきものであるところ、被告においては従前から営業日数を分母とし出勤日数を分子とする出勤率を乗じて算定していたのであるから、被告の一時金は被告の従業員たる地位に対して支払われていたのではなく、支給対象期間中の具体的な労働に対する対価として支払われてきたものであり、してみれば一時金についてもノーワーク・ノーペイの原則が妥当するものであるし、また原告が予備的に主張する一〇・五時間勤務者のストライキ参加につき通常の欠勤の場合よりも不利益に控除される点についても、右賃金控除について述べたと同様の理由でやむをえない結果にすぎないのみならず、ストライキが時間単位で行われる以上、賃金計算も時間単位で行う方がより合理的である。

よつて被告のした本件一時金のストライキ控除は、内容的にも合理性を有するものである。

3 不当労働行為の主張について

原告らは本件において賃金、一時金の請求をしているものであるところ、不当労働行為を理由に賃金等請求権が発生するということは理論上ありえないから、この点において既に原告らの不当労働行為の主張は理由がないが、なお仮定的に原告らの主張事実について答弁すれば、次のとおりである。

(1) 請求原因(五)3(1)の事実について

イの事実は認める。

ロの事実は次の点を除き認める。

相馬が親交会の労働組合化のための規約改正、労働条件の改善要求等に取組んできたことは不知。事務課長が相馬に対しビラ配布について注意した内容は否認する。右注意の内容はビラの配布方法についてであつた。なお相馬を新津工場に配転したのは同人が同工場にとつて必要であるとの業務上の理由によるもので他意はなかつたし、昭和四〇年四月の昇給は全従業員を対象としたもので、昇給方法も従前のとおりであつたので特段の説明はしなかつた。

ハの事実は、次の点を除き認める。

相馬会長が三ケ月の期間の三六協定書に捺印した理由は不知。昭和四一年一月の総会において事務課長、経理課長が発言した意図、内容は否認する。両課長の発言は新友会の規約や事業内容に鑑み会費をそんなに高くしなくてもよいとの意見を率直に述べたもので他意はない。

ニの事実は次の点を除き認める。

従来親睦団体にとどまつた新友会が役員会指導の下で待遇改善に関与すべきことが既定の事実となつた、との点は不知。なお、当時新友会では相馬の方針や強引さに反論等が出され、そのため会合が繰り返えされていたもののようである。

ホの事実は次の点を除き認める。

辞任を申出た三名の役員が被告の意を受けた者である点は否認する。当時一〇〇時間を超える残業を必要としていたのは極く一部の限られた職場の従業員であつた。なお仄聞するところによれば、当時の相馬の行動は役員会を無視し、明文のない代議員会を招集するなど独断的であつたため、新友会内部に紛議が生じたものであり、新友会の行動に被告が関与したり、指示したりしたことは全くない。

ヘの事実は争う。

トの事実中、村田の他社における経歴は不知。その余の事実は認める。なお被告が新友会との間に協定書を作成しなつたのは、新友会は労働協約締結の当事者資格がないと考えたからにすぎず、被告は給与規定を改訂したのでその必要もなかつた。

チの事実は次の点を除き認める。

被告が就業規則の改訂を行つた姿勢が強硬であつたこと及び山家の相馬に対する発言内容は否認する。被告が新津工場に労務課を新設し、諸規程の整備に取り組んだ理由は、昭和三五年頃約九〇名であつた従業員が昭和四三年頃には約二三〇名に増大したことにみられるような会社の発展に伴い、旧態依然とした簡易な社内諸規程を整備する必要があり、また新津工場ではわずかな人員で構成する庶務課が人事、労務をも担当していたが、これでは手薄で組織の改善が必要であつたため、昭和四三年四月に労務課を新設して(因みにこの時期に管理部管理課、研究五課も新設された)人事、労務に専念することとし、その職務の一貫として懸案の諸規程の整備に取り取むことになつたものであつて、他意あるものではない。また就業規則改訂に当つては、一ケ月の猶予期間を設け十分検討の期間を与えて新友会と協議した。

リの事実は認める。相馬の本社転勤は、経済学専攻で資材係としての経験のある同人を本社営業活動強化のために必要としたからである。

ヌの事実中、被告が一方的に給与改訂を決定したことは否認し、新友会において給与改訂問題及び相馬前会長配転問題についての不満を背景としてこれまで同会が意見書作成にのみ利用されている状態からの脱皮を求める意見が台頭したことは不知、被告が新友会に圧力をかけたとの点は否認し、その余の事実は認める。給与規定の改訂については新友会からの要望を十分に考慮に入れて決定した。

ルの事実は次の点を除き認める。

被告が同年八月新友会に対し攻撃を開始したこと、宴席を設けて組長以上の職制に対し被告への協力を要請したことは否認する。新友会は被告に対し要望書を提出したり協議を求めたり、三六協定を武器に自己の主張を通そうとしたりしながら、都合が悪くなると労働者を代表する団体ではない等矛盾した言動を繰り返えすので、被告は同会が労働基準法上の労働者を代表する団体たる要件を充たすものであることを説明した文書を配布したのにすぎず、他意はなかつた。なお新津労働基準監督署も同会が右要件を充たすものであることを確認していた。同年八月の新友会臨時総会については、事前に同会よりできるだけ多くの会員が出席できるように配慮してほしいとの要望に答えて便宜を計つたものである。

オの事実中、被告が昭和四六年四月前田を中央研究所に配転し、これにより同人が新友会会員資格を失つた(同研究所は新津工場内にあるが、その従業員は独自に研友会という団体を組織している。)ことは認め、その余は不知。前田の配転は同人の希望申告によるものであり、被告に他意はない。

ワの事実中、新友会と研友会の連名で昭和四七年五月夏季一時金要求書を、同年一一月冬季一時金要求書をそれぞれ提出したこと及び昭和四八年二月一日組合が発足したことは認め、その余は不知。

(2) 同(2)の事実について

次の点を除き認める。赤塚某が組合の全員職場集会に組合がストをするから自分たちは賃金をもらえないと怒鳴り込んだことは不知、赤塚組及び新友企業の設立並びに作業内容の変更が組合の争議がなされても下請により作業を継続しようとする被告の意図に基づくものであることは否認する。なお新友企業は有限会社である。被告は労働力需要の増減がはなはだしいため季節的臨時工の必要があつたところ、訴外赤塚が昭和四八年五月頃下請をしたい希望を申入れたので、これを取り入れたのにすぎないし、山家が新友企業の経営に参画したのは、同人は赤塚の遠縁に当つていたところ、同人の事業経営の意図からしたものにすぎない。また同会社の請負う仕事は被告新津工場の生産工程中の一部にすぎないから、組合の行う争議行為の効果を減殺する意味を持たない。

(3) 同(3)の事実について

イの事実は概ね認める。但し被告は当該賃金支給の前に、ストライキにより請求権の発生しない賃金は基本給、加給、等級手当、嘱託手当であり、該当時間に比例して右賃金の全額を差引き支給することを口頭で通告した。

ロの事実は次の点を除き認める。

等級制度を導入したのは昭和四七年四月である。被告が等級試験の強行実施をしたとの事実は否認する。

ハの事実は次の点を除き認める。

被告が被告主張の算定法を押しつけようとしたことは否認する。被告の一時金に関するストライキ控除主張の論拠は一貫して変つていない。即ち、被告は当初から、「スト参加を査定で不利益に取扱うことはしないが、要就労日に現実に就労した者と就労しなかつた者とでは会社への寄与が違うから、通常の欠勤による労務不提供とストによる労務不提供とで区別すべき理由はない」旨を一貫して主張しており、後に「ストになれば雇用契約は一時中断して使用者の指揮命令が及ばないのでその分は賃金を支払わないのは当然である」旨を付加して右主張を裏付けたものであつて、前後に矛盾はないのである。

(4) 同(4)の主張について

争う。被告としては新友会との間に相互の信頼関係を確立するように努力してきたし、新友会が労働組合に脱皮しようとする動きに対してもその自主性を尊重し、これに対し静観してきたものであり、組合結成後もこれに対し何らの介入もせず、誠意をもって交渉に応じてきたものである。そして本件ストライキによる賃金等控除問題についても専ら叙上のような理論上の根拠から被告の立場を主張し、組合との交渉等の手順を経てしたものであつて他意はなく、これが不当労働行為に当るとする原告らの主張は失当である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  当事者間に争いない事実

原告らの請求原因事実中(一)ないし(四)の各事実は、同(四)2のうち「後日第三者機関によつていずれが正当かが判定されたときは双方これに従うとの合意」があつた、とする点を除いて、すべて当事者間に争いがないことに帰する。

二  本件賃金差額の請求権の成否

従業員は使用者に対し、雇用契約に基づき所定の賃金を請求しうべき基本債権を有するが、具体的な賃金請求権は従業員たる地位に基づき当然に発生するわけではない。賃金には一般に、拘束された勤務時間に応じて支払われる部分、労働の成果に対して支払われる部分及び労働の対価としてではなく従業員たる地位に対して支払われる部分(いわゆる生活保障的部分)があるが、このうち拘束された勤務時間に応じて支払われる部分は、法令、雇用契約、労働協約、就業規則、慣行等において特段の根拠のない限り、所定の就労時間中現実に就労した時間に対応して具体的請求権が発生するのであり、通常の欠勤にせよ争議行為としての不就労にせよ、現実に就労しなかつた時間に対応する賃金請求権は発生しないのが原則である。成立に争いのない乙第一号証(甲第二号証)と弁論の全趣旨によれば、本件選定者らの賃金は月額をもつて定められたいわゆる月給制であるが、それだけをもつて右原則が排除されたものとは認められない。またいずれも成立に争いのない甲第一五、第一六号証の各一ないし四と弁論の全趣旨によれば、被告は本件各ストライキのなされた月の選定者らに対する賃金支給において、各ストライキ参加時間に対応する賃金を「スト欠カット」なる表現を用いて控除しているが、その故に被告における賃金体系が右原則を排斥したものとみることのできないことも明らかである。即ち、拘束時間に応じて支払われる賃金を不就労の時間に応じて削減するには、特段の積極的根拠を要するわけではないのである。

本件において被告がストライキによる不就労に対して削減の対象とした賃金部分である基本金額(一般従業員の場合は基本給、加給及び等級手当、嘱託手当受給者の場合は等級手当及び嘱託手当)は、被告における前示(請求原因(一)記載)の賃金体系、給与規定(乙第一号証)に示されたそれらの性質、前示のとおり欠勤等の控除においてもそれらの賃金部分が控除の対象と定められていること及び弁論の全趣旨(原告らもそのこと自体は争つていないと認められること)に照らし、拘束時間に応じて支払われる賃金部分であると認められる。

しかるところ、前示のとおり被告における就業規則付属規程たる給与規定一四条において、欠勤の場合は一日につき右基本金額月額の一〇〇分の一、遅刻、早退の場合は一回につき、同額の三〇〇分の一を控除する旨の規定があるので、原告らの主張する本件賃金差額の請求権の成否は、ストライキによる不就労の場合に、右規定が適用ないし準用されるか否かにかかることになる。

そこで考えるのに、「欠勤、遅刻、早退」の用語は一般に、従業員が雇用契約上就労義務を負つているのにかかわらず就労しない場合に用いるものであつて、従業員の争議権の行使としてストライキが行なわれ、このため雇用契約上の就労義務が一時的に免除され使用者の労務指揮権も排除されるに至る場合の不就労は、右概念に当てはまらないとみるべきであるから、この場合に当然に右規定が適用されるものとみることはできない。また被告が欠勤等控除につき右のような規定を定めた意図において、ストライキによる不就労の場合にも右規定により処理すべきものとしてこれを制定したかどうかの観点から考えてみると、前出乙第一号証、いずれも成立に争いのない乙第一三号証の一、第三四、三五号証及び証人原恒雄の証言によれば、昭和三四年四月一日に実施された給与規定において、欠勤の場合は一日につき基本給、臨時手当、職務手当の合計日額(月額の三〇分の一をもつて日額とする)の三〇パーセント、遅刻早退の場合は一回につき右日額の一〇パーセントを控除する旨定められていたところ、昭和四五年四月一日実施の改訂に当り、基礎たる手当の変更はあつたが、控除比率は月額に対する割合に引き直しただけでそのまま踏襲し、よつて現行の規定とされたことが認められるところ、被告に組合が結成されたのが昭和四八年二月一日であることは当事者間に争いがなく、右昭和三四年当時において被告においてストライキが行なわれることの予測のなかつたことは弁論の全趣旨から明らかであるから、右の規定が沿革的にみてストライキによる不就労にこれを当てはめるとの意図のもとに制定されたものではないことは明らかである。もつとも、証人相馬一元の証言及び原告村田隆一本人の供述並びに弁論の全趣旨に照らすと、右改訂の昭和四五年当時においては、やがて将来被告新津事業所内に労働組合が結成されるかも知れないとの予測が被告になかつたとは考えられないが、その故をもつて右改訂の際に同規定をストライキによる不就労にも当てはめるとの意図が被告にあつたとみるのは、論理の飛躍である。さらに、証人原恒雄の証言と経験則に照らして右規定の趣旨を考えると、欠勤の場合に本来なら一日につき月額の二五分の一(後述のとおり被告における一月の所定就労日数平均は二五日)の削減をすることができるのにこれをわずか一〇〇分の一控除にとどめ、また遅刻、早退の場合も三〇〇分の一控除にとどめることにしたのは、ひとつには従業員が雇用契約上の就労義務があるのに拘わらず就労しないのは、従業員にそれなりの一身上の都合がある場合が一般的であることを考慮した恩恵的措置であるとともに、他面かかる不就労に対してはただ賃金を削減するだけでなく勤怠上の考課の対象となしうるという意味もあるからと考えられるのであり、また遅刻、早退の場合には、その時間の長短にかかわらず、極く短時間の遅刻に対しても一律に三〇〇分の一を控除しうる根拠も、就労義務があるのに就労しない、というところに求めうるのである。しかるにストライキによる不就労の場合は、右にみたいずれの基盤も存在しないというべきである。

右のとおりであるから、ストライキによる不就労につき右給与規定の定めを適用ないし準用すべき根拠は、被告の主観面においても、客観的にも、これを認めえないというべきである。

しかして、前出乙第一号証と証人原恒雄の証言によれば、被告における一ケ月の所定就労日数平均は二五日であり、一日の所定就労時間平均は七時間であることが認められ、本件各ストライキ該当月の所定就労日数が右を上廻るとみるべき証拠はないから、被告が選定者らの本件各ストライキによる前示(別表記載)の不就労時間に対応して、その割合により賃金を削減したのはそれなりの理由があり、それを超えて原告ら主張の賃金請求権を肯定しうべき根拠は、これを見出すことができない。

三  本件一時金差額の請求権の成否

およそ賃金請求権は、雇用契約、労働協約等の合意あるいは就業規則の定めがあることによつて発生しうるものであり、いわゆる一時金の場合も例外ではなく、本件一時金についても原告らは、被告と組合との合意(労働協約)に基づいてその請求をしているのであるから、問題は、被告と組合との間に、原告ら主張のような合意が成立したか否かに尽きる。

しかるところ、いずれも成立に争いのない甲第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第一二号証、乙第一四、第三七号証、証人原恒雄の証言及び原告村田隆一本人の供述並びに前示争いのない事実を綜合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

被告における夏季及び冬季の各一時金については、一般的な社内規程ないし取決めはなく、その都度支給額が決定されてきたところ、従来からその支給額は、基礎額に支給率を乗じ、考課反映率を乗じ、そのうえに営業日数(要就労日数)を分母とし出勤日数(就労日数)を分子とする出勤率を乗じて算出する方法がとられ、組合結成後の昭和四八年冬季一時金についても被告と組合との合意に基づき、前記基本金額に勤続手当を加えた額を基礎額として同様の方法で算出支給された。なお、右出勤率の計算は、一勤務日の所定就労時間が七時間の常日勤者とそれが一〇・五時間となる交替勤務者とを区別せずに日単位で行い(即ち一〇・五時間勤務者が欠勤した場合も一日の欠勤としてしか計算されない)、遅刻、早退についてはその時間の長短にかかわらず一率に一回につき三分の二勤務したものとして計算されてきた。

本件昭和四九年夏季一時金に関する被告と組合との団交は、昭和四九年六月一〇日から同年七月一九日まで行なわれたが、被告は平均支給額二五万四〇〇〇円、算式については従前どおりとの提案をするとともに、右出勤率の計算上本件各ストライキにより就労しなかつた分は通常の欠勤と同様に控除の対象とする旨提案し、これに対し組合は、右支給額を不満とすると共に、ストライキ不就労についてはこれを営業日数(要就労日数)から控除すべき旨を主張して対立し、この二点をめぐつて団交は紛糾した。右出勤率についての被告側主張の論拠要旨は、一時金は被告の業務に対する従業員の貢献度に応じて支給されるものだから、現実に就労したかしなかつたかが問題であり、この観点からは通常の欠勤とストライキ不就労とを区別する理由はないこと、及びストライキ中は雇用関係が一時的に中断して被告の労務指揮権が及ばなくなるのだから、その間に対応する賞与は支給する必要はないことにあり(もつとも後者は、団交の後半である同年六月二七日になつて主張されるに至つたものであるが、原告らの主張するように、これをもつて被告の論旨に前後矛盾があるとするのは当らない。)、一方組合側の論拠の要旨は、ストライキを実施せざるをえなくした責任は被告にあり、あるいは双方に責任があるのだから、その責任を一方的に組合ないし組合員に帰せしめるような計算方法は不当であること、及びストライキ不就労は既に月払賃金で控除されているから、さらに賞与からも控除するのは不当であることにあつた。団交の過程において被告は、出勤率を乗ずる対象たる基礎額(基本給、加給、等級手当、勤続手当)から勤続手当を外す旨譲歩した(もつともそれによる金額の変動はわずかなものである。)。また被告は、ストライキ不就労控除をすることによつて浮く源資分は、平均支給額に上積みすることを考慮する旨の示唆をした。次いで被告から、解決のための平均支給額の上積みの示唆があり、これを受けて組合はその額の開示を求めたところ、被告は、計算方法について合意がない限り平均支給額について妥結しても現実の支給ができないとしてその開示を拒んでいた。

かくして交渉は難行したまま、その間労働委員会の斡旋もなされたが妥結しなかつたところ、同年七月九日再開された自主交渉において、被告から平均支給額二六万六〇〇〇円の回答がなされ、翌一〇日組合は右額に合意したうえで、ストライキ控除の問題について交渉したいとしたが、被告はこの問題についてはその主張をあくまで固持する態度を示した。そこで組合は時日の経過に鑑み、ともかくも被告の主張する計算により支給を受けるほかはないと判断して同月一五日その旨を被告に伝え、一方被告は前記のとおり浮いた源資分を平均化して九七〇円の平均支給額上乗せを申し出、そこで同月一九日、平均支給額を二六万六九七〇円とし、計算方式を請求原因(四)1記載のとおりとし、なお計算方式の注記として、「営業日数は一四六日とする。遅刻、早退は出勤の三分の二とする。スト参加時間分については時間単位にて計算する。出勤日の数え方は一日単位とする(従来の通り)」と記載した確認書を取り交わし、ここに本件一時金問題の妥結をみた。しかし組合は、右ストライキ控除の適否はなお係争事項とする旨主張し、そこで右確認書に、「右計算方式に関しては組合側よりこれを不満として第三者機関に対し必要な法的措置をとる意思のあることを意思表示したことを確認する」旨を付記事項として記載し、この点に関する双方の主張要旨を記載した「団交発言要旨にかかる確認書」なる文書を取り交わした。

右認定の事実によれば、本件一時金の計算方式は、ストライキによる不就労の日数、時間を営業日数(要就労日数)に含ませるとともに、出勤日数(就労日数)には算入しないこととし、かつ前述のように通常の欠勤については一日単位で計算し、遅刻、早退は時間の長短にかかわらず三分の二勤務したものとして取扱うが、ストライキによる不就労の場合はこれと異り、ストライキ参加時間により時間単位で計算する(従つて営業日数も時間になおして一〇二二時間として計算する)こととし、これにより計算した額を支給する旨の合意が成立したことが明らかであるというべく、組合側の主張したストライキ不就労分を営業日数(要就労日数)に算入せず、あるいはストライキ不就労分についても通常の欠勤等と同じく一日単位で計算した金額を支給することに被告が合意したものでないことはもとより、請求原因(四)1記載のとおりの合意をしたが、その合意の解釈の問題として、算式中「営業日数(要就労日数)」の解釈に争いが残つた、という場合でもないといわなければならない。右付記事項の意味も、右認定の合意が成立したことを前提として、その合意ないしそれに至る被告の態度に関して組合が私法上あるいは公法上の法的措置をとる意思のあることを確認したのにすぎず、それを超えて、右計算方式における営業日数(要就労日数)にストライキ参加時間を含ませると含ませないとのいずれが社会通念上合理的であるかの判断を第三者機関の判断に委ね、それにより判定された相当な計算方法による一時金の支給につき合意が成立したものと解することはできない。いずれも成立に争いのない甲第四二号証の一、二、第四四ないし第四八号証によると、昭和四九年年末一時金についても右と同様の確認書が交わされ、昭和五〇年夏季ないし昭和五二年夏季各一時金に関する確認書においては、「判決の結果を援用する」旨の記載がなされているが、これはとても右の趣旨を出るものとは解されない。

よつて、原告らの主張する本件一時金差額及び予備的一時金差額請求権の成否に関し、当事者双方の主張する計算方法のいずれが合理的であるかの判断に立ち入る余地はなく、右請求権はその根拠となるべき労使間の合意が存在しないから、私法上の請求権としてこれを肯認しうる限りでないといわざるをえない。

四  不当労働行為の主張について

既に述べたところから明らかなとおり、本件賃金及び一時金差額の請求権は、その発生の根拠を欠く故に存在しないのであり、一旦発生した請求権に対し被告がその一部を控除するという法律行為によりその削減の効果が生ずるという性質のものではない。原告らの主張するように、被告が専らあるいは主として組合の行うストライキを牽制するなどの目的をもつてストライキに対する賃金、一時金の控除をしたとすれば、それが不当労働行為に該当することは否定しえないが、それだからといつてそれを根拠として、賃金、一時金請求権が発生すると観念する余地はない。

よつて賃金、一時金請求権の成否が争点である本件において、右不当労働行為の成否の判断に立ち入る要をみない。

五  結論

以上のとおり、原告らの主張する賃金及び一時金差額の請求権はこれを認めることができない(なおこの判断は、賃金等請求権として肯認できないというにとどまり、ストライキ不就労に対する賃金や一時金の控除につき、被告の主張する方式と原告らの主張する方式のいずれが客観的に合理的であるかの判断を含まないことは、既に述べたところから明らかであり、この問題はなお今後の労使間の交渉事項として残存することになるのである。)から、原告らの本訴請求は棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱崎恭生)

(別紙省略)

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